トイレのピクトグラム問題

男女とも黒のトイレのピクトグラムが分かりにくい。トイレのピクトグラムは、人間工学的な妥当性を重視して、JIS Z 8210に準拠した上で、男性は青とし、女性は赤とすると提言したい。

  • 黒須名誉教授
  • 2025年11月11日

トイレのピクトグラムが分かりにくい…青と赤の色分けはもうダメ?

読売新聞オンラインの大手小町の2025/08/06に、題記のような記事が載っていた。曰く

公衆トイレなどに掲示されているピクトグラム(絵記号)は、日本では男性用トイレは青、女性用トイレは赤に色分けされているのが一般的でしたが、最近は、男女とも黒のピクトグラムをよく見かけるようになりました。スタイリッシュなデザインが目を引く反面、一見して性別の判断がつかず、男女を間違えて入ってしまう人もいるようです。

これには大いに共感するところがあった。筆者はこれまでに女性用トイレに間違って入ってしまい、「あれ、小便器がない、もしかして」ということで退散したことがこれまでに2,3度ある。幸い、女性に出くわすことはなかったが、下手に騒がれたらこっちも不愉快になるところだった。

トイレのピクトグラムの多様性

トイレのピクトグラムには結構いろいろなデザインがあり、筆者も興味をもって写真を撮ってきたことがあったが、飯尾(2023)は世界中の2000以上のトイレサインをデータベース化し、〇の下に△で女性、〇の下に▽で男性を表すということが多いという傾向を見出している。また色については、北神ら(2009)は、赤やピンクのマークは女性、青や黒のマークは男性と関連付けて知覚されることを見出している。

筆者が各地で集めてきたトイレのピクトグラムのなかには、いろいろと意匠を凝らしたものがある。以下にそのいくつかを示したい。最初の写真はまだ一般的なピクトグラムから乖離していないが、次は靴、そして帽子、最後は鳥の姿である。靴や帽子は文化的な背景があるから、比較的類推しやすいとはいえる。しかし、鳥の色での区別となるとこれはもう判じ物のようであり、やりすぎとしか言いようがない。

建物内部の入口上部にある案内看板の2つの人物シルエット。左側:上に円形、中央に上向き三角形、下に直線、オレンジの線。右側:上に円形、中央に四角形、下に直線、青の線。
壁に掛けられた案内看板。「LELAKI」「GENTLEMEN」と書かれ、右側にブーツのイラストが描かれている。
壁に掛けられた案内看板。「PEREMPUAN」「LADIES」と書かれ、右側にハイヒールのイラストが描かれている。
ドアに貼られた案内表示。黒いシルクハット・鼻・口ひげのイラストの下に、「GENTLMAN」(原文ママ)と書かれている。
ドアに貼られた案内表示。黒い帽子・髪・唇を描いたイラストの下に「LADY」と書かれている。
木製の案内板。中央に「TOILET」の文字が彫られ、その左右に飛んでいる鳥のシルエットが彫られている。左の鳥は赤く、右の鳥は黒く塗られている。

JIS Z 8210という存在

HCDなどに関連してISOやJISの規格について触れてきたことがあるが、その時も書いたようにISOやJISの規格には法的強制力はなく、したがって罰則もない。ただ、それに準拠していれば世界中(あるいは日本国中)で一貫性の保たれた世界が構築できるので便利でしょう、というだけのものである。

そして、トイレのピクトグラムに関連した規格も存在するのだ。それがJIS Z 8210:2017 (ISO 7001:2007, ISO 7010:2011, ISO 20712-1:2008)である。JIS規格のタイトルは「案内用図記号」となっており、

  1. 施設などの案内用図記号
    1. 公共・一般施設図記号
    2. 交通施設図記号
    3. 商業施設図記号
    4. 観光・文化・スポーツ施設図記号
  2. 安全などの案内用図記号
    1. 安全図記号
    2. 禁止図記号
    3. 注意図記号
    4. 指示図記号
    5. 災害種別一般図記号
    6. 洪水・堤防案内図記号

    が含まれている。2の安全などの案内用図記号については、基本形状と色や使い方が指定されているが、1の施設などの案内用図記号にはそれらは指定されていない。

    トイレのピクトグラムは、1.1の公共・一般施設図記号に含まれている。このなかから、トイレに関連したものをピックアップすると、下図のようになる。

    JIS Z 8210:2017「案内用図記号」の一部。「お手洗 Toilets」「男女共用お手洗 All gender toilet」「こどもお手洗 Children’s toilet」「男性 Men」「女性 Women」「障害のある人が使える設備 Accessible facility」。

    上図と多少重複するが、下記の9つは2020年に追加されたものである。

    JIS Z 8210:2017「案内用図記号」の一部。「男女共用お手洗」「こどもお手洗」「授乳室(女性用)」「授乳室(男女共用)」「おむつ交換台」「介助用ベッド」「ベビーチェア」「着替え台」「カームダウン・クールダウン」。

    JIS Z 8210の問題点

    このJIS規格には少なくとも2つの問題点がある。ひとつは、「お手洗い」と「男女共用お手洗い」の区別が縦棒一本の有無であらわされているという点だ。比較してみればわかるが、単独で見た場合には、ただのお手洗いの表示としか思えない。共用という部分が図的にうまく表現されていないのだ。

    もうひとつの問題点は、男女のピクトグラムの色が規定されていないことだ。既存のトイレピクトグラムの多くでは、男性が青、女性が赤になっており、識別のための大きな手掛かりとなっていた。しかし、JISで規定されていないために、両方とも黒でもよいことになり、形だけで識別をしなければならなくなっている。

    男性は青、女性は赤という割り付けが、性差による決めつけではないかという意見もあるようだが、そのどこが悪いのか。そもそも男性用と女性用に分かれているトイレで、過剰な平等論議をひき起こす必要があるのだろうか。それだったら、男性と女性のピクトグラムの形状も問題視すべきではないだろうか。

    提言

    ということで、提言をしておきたい。

    1. トイレのピクトグラムはJIS Z 8210に準拠すること
    2. (JISには規定されていないものの)、男性のピクトグラムは青とし、女性のピクトグラムは赤とすること

    ということだ。意匠をこらしたピクトグラムをデザインすると、デザイナーとしてのやりがいを感じるのかもしれないが、こうした機能的デザインの場合には人間工学的な妥当性を重視してもらいたいものだ。

    参考文献

    北神慎司ほか (2009) 「トイレのマークは色が重要? – トイレマークの認知におけるストループ様効果」 日本認知心理学会予稿集

    JIS Z 8210:2017 (2017) 「案内用図記号」 (ISO 7001:2007 Amendment 1:2013, Amendment 2:2015, Amendment 3:2016, ISO 7010:2011 Amendment 1:2012, Amendment 2:2012, Amendment 3:2012, Amendment 4:2013, Amendment 5:2014, Amendment 6:2014, Amendment 7:2016, ISO 20712-1:2008)

    飯尾淳 (2023) 「トイレサインに学ぶ」 情報処理 64(3), 113